春花秋実/110507

「劉! 劉はどこだ!」
 力任せに両開きの扉を開け放つ。色あせ聳え立つ赤を抜け、青と金の刺繍が施された絨毯の上をずんずん進む。
「劉!」
「お待ち下さいませ、春田博士」
 怒りにまかせた歩みは、しかし楚とした呼びかけに止められる。折れそうなほど細く白い身体が、春田の前に立ちはだかっていた。待てと重ねて訴えるように、右手のひらを春田に向かって上げている。
「主はただ今、お仕事に没頭してお出でです」
「どいてくれ栄(さかえ)」
「致しかねます」
「君の行動はロボット三原則第二条に反する」
「いいえ。主の命令が春田博士の命令に優先致します故に」
「劉は君に何を命じた」
「研究の妨げとなる徒らな訪問者は断固阻止せよと」
 栄は表情を変えずに告げた。艶やかな直線を描く白い髪だけが微かに揺れる。その間から覗く赤い瞳に、いつも春田は吸い込まれそうになる。栄はアルビノモデルとして作られた。間違いなくアジア系の顔立ちが白と赤のなかで奇妙に浮いていて、しかしそれが魅力的でもある。思わず深いため息が出た。
(これだけのものが作れるってのに)
「馬鹿言え。俺は被害者だぞ。阻止するなんて話があるか」
「春田博士」
「劉! いいから出てこいこの泥棒野郎!」
 春田は目いっぱい声を張り上げた。栄が僅かに眉をひそめたと同時に、バタンと遠くでドアが開いた。
「チュンちゃん!」
「ちゃん付けはやめろ!」
「チュンちゃん久しぶりだよー!」
 劉だった。春田の声に負けず劣らずのボリュームで答えながら、長い廊下を駆けてくる。
「やあやあ元気だった?」
 愛想よく笑いながら握手を求めてくる。春田はその手を荒っぽく払った。
「挨拶なんざどうでもいい。それより何だ、この間のLシリーズのラインナップは」
「見てくれたの? 嬉しいなぁ」
「去年の俺のモデルの丸パクリじゃねーか!」
 劉――Liu――の手がけるLシリーズは、人型ロボットの製品ラインのなかでもずば抜けた安価で知られている。また、その製品がしばしば他社の流行商品の類似品であることでも。
「ハハァ、ばれたかぁ!」
「ばれたかじゃねーよもう何回目だよ、俺がどれだけ苦労してあの顔作ったと思ってんだよお前はよおお」
 春田のように怒鳴りこんでくる者も多ければ、法的手段に訴える者も後を絶たない。
「ウンウン。チュンちゃんの造形した顔はほんと綺麗だったよねぇ」
 劉は思い出すようにうっとりと虚空を見つめた。この言葉は本当なのだろう。
「顔だけじゃない、内部の機構も最高に綺麗だった。あんまり綺麗でいいなぁって思ったから、僕は安い素材でちょーっと似た顔を作った。それだけ。見る人が見ればすぐに粗悪品だってわかるじゃない? 買ってくほうも買ってくほうだよぉ」
 劉家の仕事は開発よりもクレーム対応が主だとさえ囁かれる、原因はそこだ。他社からのアイデアを流用したうえ、安価な粗悪品を売るのですぐに使えなくなる。
「あのなぁあ……」
「どうせ買っていくのは上流階級の連中だ」
 猫のような瞳がするりと細まる。
「どんな綺麗な子を作ったってねぇ、馬車馬みたいにこき使って捨てるんだから、チュンちゃんも本気になることないんだよぉ」
「――」
 三日月型の黒い目、釣り上った唇、その隙間で蠢く赤い舌。春田の背筋に悪寒が走った。おまえ、と口を開こうとした瞬間、計ったように劉の笑顔が明るく変わった。
「ラクしてお金稼げるに越したことはないってねーっ」
 栄おいで、劉が手を叩くとどこからともなく栄が現れた。
「チュンちゃんがお帰りだよぉ」
「おい劉、話はまだ終わってないぞ」
 しかし栄は容赦なかった。春田の腕をとると、ぐいぐい玄関へと引きずってゆく。ごく華奢な女に力でかなわないというのはおかしな気分だった。
「僕が今日シゴトで手いっぱいなのは嘘じゃないんだぁ。また今度アポイント取って遊びに来てねぇ」
 のんきに手を振る劉がどんどん遠ざかってゆく。瞬く間の邂逅だった。
「またのお越しをお待ち申し上げております」
 ぽんと春田を外へ出し、栄は丁寧に頭を下げた。人間だったら慇懃無礼とさえ見える仕草だった。春田はその滑らかな動作をしげしげと観察してしまう。
(なんつー繊細な動きだ……予測運動制御機能の調整はどうなってんだ?)
 ロボット工学の技術は春田の家に勝るものなしというのが通説だ。しかし劉に本気を出されては――分からない。
(これだけのものが作れるってのに――身内にしか提供しないなんて)
 悔しくも有難いのは劉の持つ身内意識と階級差別への反発だ。比較的親しく交流している春田でさえ、劉が真剣に取り組んだ機体を貰い受けることは叶っていない。理由はごく単純に、中華系ではないからだ。
「眠れる獅子、ってか」
 腕が鳴る。相手にとって不足はない。春田は強く拳を握った。



(了)




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