男の子(おのこ)の瓶詰め三銭から、有りや無しや。朱色の襦袢を引っかけた女が腕を上げて呼びかけた。襦袢の袖はするりと女の肩口まで下りて、まっさらな二の腕が覗く。女の指先へワッと声が返ってくる。四銭、六銭、否否此方は八銭ぢや。いずれもどこかの金持ちの邸から来た下男達だろう。
(赤い)
まず執行(しぎょう)が持った感想はそれだった。競りに興ずる人人は少しでも高く手を上げようと立ち上がっているが、執行は悠然と足を組んでただ緞帳の上がった舞台を見ていた。気まぐれで参加した競売も終わりが近い。円い硝子瓶のなかへチョコナンと座った少年はうろんな目差しを中空へ向けている。雪のように白い肩口には花が咲いていた。
それは和紙で作ったのだと言われたら信じてしまいそうな、現実味のない赤色をしていた。けれども茎は少年のなかへ食い込んで、血管が這うように柔肌に浮いている。最初は真実血を流しているのかと思った。血液の筋と見えたのは、はらはらと肘を掠め無垢な腿へ落ちてゆく花唇だった。膝頭には若い芽が頭を出している。執行はその新芽に前歯を引っかけて、ぐらぐらと揺らす様を想像した。下から上へ舐め上げるのもいい。あの芽はどんな味だろう、頑なに見えるが存外脆くて剥落したなら、ひとくちにごくりと飲み込んでやろう。
弐円では如何。エイ思い切ったとばかり悲壮な声が上がる。
舞台はしんと静まり返った。
ほかにないか、女が問う。
「拾」
執行はつと手を上げた。着席のままだったので、女はやや暫く執行の姿を探していた。
「拾円では?」
拾、と周りの男たちがざわめき息を呑んだ。
ほかにないか、女が問う。応える者は居なかった。
「良いようだな」
執行様が拾円で落札、落札、女が高らかに宣言する。すぐさま執行の耳元で、お引き渡しは此方へ、と囁きがした。執行は無言で立ち上がった。
硝子瓶は台車で運ばれてゆく。舞台袖に滑り込む間際、少年の視線が執行を捉え、ゆるりと――微笑んだ。硝子の向こうで息吐く薄い唇から花弁が零れた。
ぼくはしきみ。
少年は確かにそう言った。
(樒(しきみ)――)
「妾宅をひとつ空けろ」
はい執行様、従順に礼をして下郎が下がる。
紅の花から出来た身を隅々まで暴いたとき、自分に何が起こるのだろう。歩みが早まる。歩幅が開く。大股で回廊を進む。
(楽しませろよ)
退屈に効く劇物をずっと探していた。樒の毒は相応しい。執行は高らかに笑った。いつまでもいつまでも笑い続けた。
(了)